コラム

こども主体の保育環境を考える ~ドイツの園庭・保育環境~

弊社代表の池谷が、2024年6月にドイツ北部の都市ハンブルクやリューベックの幼児教育施設を訪問しました。ドイツの幼稚園・保育所の園庭と保育環境をハード、ソフト面で解説します。


ドイツの6園の保育環境の写真や解説を掲載した冊子「ドイツの園庭・保育環境」を無料進呈中です。自園の保育環境の参考になると思います。無料進呈しますので、お申込みください。


こども主体の保育環境を考える
ドイツの園庭・保育環境~

ドイツはビオトープ(BIOTOP)発祥の地であり、環境教育の先進国です。また、世界の幼児教育に大きな影響を与えた、フリードリヒ・フレーベルを輩出した国でもあります。日本の幼児教育施設ではこども主体の保育の実現のために、環境による教育・保育の重要性は浸透しつつありますが、ドイツではそれに加えて持続可能な社会の実現のために、環境のための教育(環境教育)も重視しています。

視察中に感じた「ここは日本と違う!」視点でドイツの保育環境を紹介をします。

園庭 ≠ 運動場 園庭=自然と触れ合う場所

森の幼稚園は、ドイツの教育・保育の特徴的な取り組みです。森の幼稚園の発祥はデンマークと言われていますが、ドイツでも普及しています。子どもたちは一日の大半を屋外で過ごし、自然の中で遊び、学びます。森での経験を通じて自然への敬意の意識が生まれ、やがて保護しようと思う意識に発展していくのだと思います。

こんな環境で保育できたら最高ですよね。ドイツでは森の幼稚園以外の幼稚園・保育所でも、園舎や園庭に自然を取り入れ、子どもたちが日常的に自然と触れ合える環境を整えています。園庭を見ると日本とはだいぶ環境が違うようです。

日本の多くの園庭との違いは一目瞭然です。園庭というより、庭園、自然豊かで、寝転んでみたい感じ。平面のグラウンドに派手な色の遊具や、鉄棒や上り棒といった運動教具が並ぶ日本の園庭とは異なり、大人が見ても美しく心やすらぐ空間なのです。こどもが自然環境に触れ合う中で、興味関心が湧き出し、名のないあそびが生まれ、心身ともに育つという考え方です。

虫は捕獲しない。飼育もしない。

日本では、バッタやチョウチョを見つけると、虫網を片手に捕まえるのが定番の遊びです。ドイツではそういった光景はあまり見かけません。理由を先生に聞いてみると、人間と同じ命なので、生命の尊重の観点で人間の手中に収めることはしない。飼育も同様で、虫にとって最適な空間は屋外の自然環境なので、ケースに入れて飼育する事はほとんどなく、観察のために捕獲をしたのなら、観察が終わったらすぐに自然に返すそうです。

実際に園庭を視察しているときに「そこはナメクジが好きな場所なので、踏み入れないでください」と注意される場面もありました。カタツムリは可愛いと認識し、ナメクジは気持ち悪い害虫と認識する日本人と大きな価値観の違いを感じます。日本の文化が悪いとは全く思いませんが、保育室に放置された飼育ケースの中でひからびた虫を目にすると心が痛くなります。人間にも主体があるように、植物や虫、鳥や動物等のすべての生命にも主体があり、それらの生き物から声や表情を感じ取るのが難しい分、十分に配慮する姿勢に私は共感をしました。こういった考えは持続可能な社会の実現のためには大切なことであり、こどもたちにも伝えていく必要があるのだと思います。

自転車の運転から木登りまでできる

日本の園庭では、三輪車やペダルなしの二輪車(ストライダー)は見かけますが、自転車を見かけることはありません。「自転車は小学生になってから」そんな考えはドイツでは通用しないようです。ドイツでは、自宅から自転車に乗ってくることもOK、園庭で遊ぶこともOKだそうです。訪問した園では、低年齢児(1才~2才)が遊ぶスペースは園内で柵で区分けされており、自転車で進入することはNG、また自転車に乗るときはヘルメットを着用するルールはしっかりありました。

また、園庭を見回すと一見リスクの高い、面白そうな遊びが各所で展開されています。木登りや、落ちている枝で家を作ったり、倒木にのって遊んだり、ターザンロープは日本よりもはるかに高く、大人でもスリルを味わえる高さです。しかし、こどもの姿をみていても、危険な遊びだとは感じません。こういったリスクはこどもには必要な経験だと先生が判断して、配置、管理しているからです。落下の可能性がある場所には、砂やチップを敷いたり、大きな木の枝の落下には細心の注意を払い、危険な箇所は剪定をしたり、安全になるまで立ち入り禁止にすることもあります。

屋内にクラス・教室・制服やユニフォームはない

屋内環境に目を移すと、まず初めに目に留まるのが建物です。新築の施設は少なく、元々民家や農家だった施設をリフォームしている園が多くありました。新しいものよりも、手を入れながら永く使えるものを選択する価値観が、あの美しいヨーロッパの街並みを形成しているのだと理解できます。

リューベックの街中

屋内も幼児教育施設というより、家庭のような生活感や温かみのある印象です。玄関を入り、ロッカーに荷物を入れたら、こどもたちは各部屋や園庭に出かけていきます。自分のクラスの部屋はなく、各部屋はアトリエ(工作)、ブロックやパズル、絵本、ボードゲーム、スポーツ(運動教具)、ごっこ遊び等のテーマ毎に環境設定がされており、こどもは自由に選択して遊びます。道具の1つとしてこどもが使えるICT(タブレット)が配置されている園もあります。多くの園が、3歳~5歳は年齢や障害の有無に関係なく、インクルーシブな環境です。

日本では当たり前の、自分の教室や制服、体操服、園児毎に配布する絵本や、保育用品(自由画帳や、クレヨン、ハサミやのり等)は見当たりません。絵本や保育用品は絵本コーナーやアトリエにまとめて置いてあり、こどもが必要に応じて手に取ります。「主体的で対話的で深い学び」を実現するためには、どちらの方が最適な環境なのか。日本とドイツの双方の保育環境の良い点や課題を再確認する機会になりました。

先生はいない?

園の先生に目を向けると、これまた日本とは大きく違います。ユニフォームやエプロンを着用する先生はいません。また、タトゥーやピアス、ネイルも自由のようです。また、こどもは「先生(せんせい)」と呼ぶことはなく、お互いに名前で呼びます。こういった外見的な違いだけではなく、最も違いを感じたのはこどもとの距離感(支援の考え方)です。ほとんどの園で先生がこどもと一緒に遊ぶ姿は見かけません。面白い出来事がありました。同行した日本の先生が、こどもに声をかけて遊びに加わりました。それを見たドイツの先生は少し不機嫌そうです。話を聞いてみると「こども同士の遊びが盛り上がっている中に大人が参加することはしない。遊びが広がるように誘ったり、声をかけたり、こどもが話かけてくれば応答、支援はするが、こどもの自律的な遊びを最も尊重しています」という答えが返ってきました。

ハーブルク森の保育所・幼稚園

上の写真は森で先へ先へと走るこどもたちです。日本なら先生が先導して「遊んでいいよ」と案内しそうですが、ドイツではこども同士のあそびを尊重し、先生の関与は最低限にする。その代わり、こどもが安心して伸び伸び活動できるように、先生や大人は見えないところで環境整備をしっかりする。自由なようで、実はしっかり計画、管理されている環境だと思いました。それを証明するのが、ポートフォリオの存在です。許可を得て、内容を確認してみました。

Googleレンズの翻訳機能でポートフォリオを翻訳

どうやらこの子は、少し問題のある行動があるようです。先生がこども行動の意図をしっかり受け止めた上で、アドバイスしている様子がうかがえます。先生がこどもを信頼し、しっかり見守っている。不用意に先生が遊びに入り込めば見つけることができない1人1人の成長の芽を、見逃さないようにあえて距離を置いて見守っているのです。

子どもの権利 12 か条

今回訪問した園の中にドイツ労働福祉団体AWOが運営する施設がありました。この施設では子どもの権利の強化、向上を図るために、2015年に「子どもの権利12 か条」を作成しています。注目すべきなのは、12か条をこども目線の言葉でまとめている点です。

1. わたしは自分のしたいことをする

2. わたしは病気の時に誰かに助けてもらう権利がある 

3. わたしには守られる権利がある 

4. 誰もわたしをなぐることを許されない 

5. 自分ののぞむことを学ぶ権利がある 

6. 何か決めるときに参加する権利がある 

7. のぞめば一人でいることができる 

8. 言いたいことはなんでも言える 

9. 誰もわたしの物をうばうことはできない 

10. 遊んだり、リラックスしたりする権利がある 

11. わたしには誰かに世界を説明してもらう権利がある 

12. わたしは、何が許され、何が許されないかを知る権利がある

大人向けの文章もあります

一見すると、こどものやりたい放題を認めるのかと、違和感を感じる方もいるかもしれません。植物や虫、鳥や動物等のすべての生命にも主体があり、声や表情を感じ取るのが難しい分、十分に配慮する姿勢が大切なように、こどもにも主体があり、十分に配慮しようとする想いから、このような文章が作られたそうです。

カリキュラムの位置づけ

ここまでの記事を読むと、環境設定に力を入れてこども自律的な遊びを推奨しているのはわかるけれど、先生目線で経験、習得してほしい事はどうやって取り組んでいるのか、不思議に思われるかもしれません。日本でもこども主体という言葉が独り歩きすると、先生の考えや想いを我慢や遠慮する事と捉えて、放任するべきだという誤解が起こることがあります。この誤解を解決するために、共主体という言葉が最近使われるようになりました。こどもはもちろん、先生にも主体はあり、互いに尊重されるべきとういう考え方です。ドイツの先生にもこの話をすると、国や州の指針に則り、幼児期に身につけてほしい事はしっかりカリキュラムに落とし込みマネージメントしているとの回答をいただきました。ドイツ労働福祉団体AWOが運営する施設のカリキュラムを紹介します。

この園では、3歳~5歳はインクルーシブな環境で保育をしています。月曜日は水泳、火曜日は歌や外遊び、文字や数字に触れる時間、水曜日はおもちゃあそび(屋内あそび)、木曜日は音読、金曜日はサッカーと、毎日のカリキュラムが決まっています。注目すべきなのは、ほぼ毎日サークルタイム(車座に座って話し合う事)と自由あそびの時間が設定されているという事です。先生から経験、習得して欲しい事はしっかり提案するが、こどもの声をしっかり聴くことや、こどもが自由に遊ぶ時間を保証しています。先生の主体とこどもの主体(こどもの10の権利)の双方が尊重されている事がわかります。

まとめ

ドイツの園の取り組みを見ていると、大人やこどもだけではなく、植物や虫、鳥や動物等のすべての生命に主体があり、互いに尊重しようとする共主体の精神を共有、実践しているのが印象的でした。森の幼稚園だけでなく、環境の違う幼稚園・保育所を訪問しても、アプローチの方法に違いはあっても、同様の理念を持った園を沢山見ることができました。

持続可能な社会の実現は、1つの国だけの取り組みでは実現はできません。今、世界中でESD(Education for Sustainable Development、持続可能な開発のための教育)の考え方が広がっています。ESDは、持続可能な開発の概念を教育や学習活動に取り入れることで、人々が環境、社会、経済の課題を統合的に理解し、問題解決に取り組む能力を育成することを目的としています。幼児教育、保育の現場では、園庭に自然と触れ合う環境を準備して、あそびの中で生き物に興味関心を持ち、その不思議さ、尊さを感じる姿が大切なのだと思います。

自然は遠くにあるものではなく、もっと身近な場所にあるべきです。身近な園庭の一角に自然触れ合う環境を作るところから始めてみるのも良いのだと思います。


ドイツの6園の保育環境の写真や解説を掲載した冊子「ドイツの園庭・保育環境」を無料進呈中です。自園の保育環境の参考になると思います。無料進呈しますので、お申込みください。


ドイツの園づくりツアーのご案内です。2025年6月1日(日)~7日(土)の5泊7日でドイツ南部のバイエルン州ミュンヘンを中心に、保護者の評価が高く、大人気の園など8か所をめぐります。詳細は下記バナーよりご覧ください。